館長日記

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2007年06月30日

高知に行ってきました。

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 気にすんな!

2007年06月28日

行ってきた!

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 日野譲さんの個展に行きました。
 が、一足違いで終わってました。
 
 せっかくなので、会場の喫茶でオムライスをおいしく
いただきました。
 
 帰り際にお店の方に日野先生の作品をみに来た旨を
伝えると、袋から何かを取り出し見せてくださいました。

 日野さんが忘れて帰った作品だそうです。今回展示されて
いた作品の一部を見ることができました。

 日野譲さんのフォトギャラリー

2007年06月23日

劇団ショーマンシップ

 5月24日(木)

 外出先から戻ると、スタッフのジョー(以下J)からの伝言が机にあった。

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<16:05頃 福岡の劇団シューマンシップ 松木様よりTEL・・・>

「シューマン?ヒューマンでは?」(私)

「ええっー。シューマンって聞こえましたよ!」(J)

 自主事業への売り込みだろう。電話・FAX・DMなどによる売り込みは結構多い。電話の1件1件に耳を傾けたいところであるが、なかなかそうもいかない。今回は、シューマンなのかヒューマンなのか、確かめたくもあり、早速、ダイヤルをプッシュ。

「はい、劇団ショーマンシップです!」(先様)
「すっ、すみません。あのぉ~マツギ様いらっしゃいましょうか?」(私)
「はい。少々お待ち下さい。」(先様)

「お待たせしました。マツモトです!」(先様)
「すっ、すみません」(私)

「今回ご紹介するのは、ないた赤おにです」(松本さん)
「泣いたらあかん?」(私)
ナ・イ・タ・ア・カ・オ・ニです」(松本さん)
「すっ、すみません」(私)

 そして、私の名前「ソガベ」を説明する際には、

「きそ(木曽)のそ(曽)です」(私)
「きそ(基礎)のそ()ですね」(松本さん)
「はい。そうです」(私)
「かしこまりました」(松本さん)

 それ以来、松本さんからのメールやFAXには「礎我部さま」と記入されることになった。
 後になって、そのことに気づいた松本さんが、「やらかしてしまって・・・」と恐縮されていたが、なんのことはない。松本さんには、話してないが、そもそも『ないた赤おに』の公演が実現にいたったのも、Jの空耳がきっかけなのだから、お互い様なのだ。

 松本さんには最初から丁重な対応をいただいた。演劇に限らず、各種公演はやってみなければ、わからないところが多々ある。そんなとき、公演を依頼する・しないの判断に担当の方とのやりとりが、大きく影響するのは人間として自然なことだ。
 劇団ショーマンシップとのお付き合いは、こうして、ヒューマンシップで始まった。

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2007年06月22日

雨上がりの

空には虹。

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時計は5時。スタッフは帰り支度をはじめました。

2007年06月16日

吹奏楽クリニック

 平成9年度に発足した吹奏楽実技講習会は、平成11年度から当館の自主事業として、楽器別・合奏講習会を実施しています。年間の参加者数は延べ2,500名にも及びます。
 
 本日(6月16日)は、平成19年度第3回の実技講習会(楽器別)が実施されました。多くの学生に混じって、本日トロンボーンで初参加の中山川さんも来館時には、「学生さんばかりで、居場所がない!」と照れ笑いでしたが、いざ始まると、周囲にとけ込んで堂々と演奏していたのはさすがです。


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2007年06月15日

恐れず 侮らず

 6月10日、四国中央市富郷町にあるスカイフィールド富郷で開催された、四国少年ラグビースクール祭を見に行きました。「スカイフィールド」の名のとおり"in the sky"なフィールドです。周囲を山々に囲まれ、さらにその外を青空と雲が覆う...とにかく、バッチリな自然環境に恵まれています。
 
 この日は、神戸製鋼のOBや現役選手による指導、交流試合などが行われていました。四国から12チームが参加とのことで、小学生で構成されるラグビー・チームがこんなにあるとは知りませんでした。小さなうちから(だからこそ)、体と体でぶつかり合う楽しさや怖さ・痛さを経験していく子ども達を見ていると、勇気が湧いてきました。会場には「恐れるな!侮るな!」の応援幕がかかっていました。

 子ども達が集まる催しには、必ずといってもいいほど、子どもに負けないくらい熱心な保護者の方が集まる、会館ではそんな印象を抱いていましたが、それはここにも当てはまりそうです。子どもの練習を見ているうちにやりたくなって結成されたという保護者チームの交流試合も見応えがありました。夢中になれる大人はカッコいいですね!

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すばらしい機会に恵まれた子ども達
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山と空と海とに近いまち

2007年06月12日

ちょっと贅沢な・・・

 6月9日午後。帰りの飛行機は羽田19:00発。移動の時間を考えても、あと五時間はある。学生生活最後の一年間。その大半を過ごした大学図書館に行くことにした。施設をざっと見るだけのつもりだったが、書架に並ぶ本を手に取るうち、夕方までここで過ごそうと決めた。現役学生に混じり、ここで時間を過ごすのも、これが最後かもしれない。

 土曜だというのに多くの学生が勉強している。土曜日に出てくるくらいだから、もともと熱心な学生なんだと言えば、それまでだが、私が図書館を出るまでの4時間もの間、館内で人の声を聞くことはなかった。今どきの学生やるなぁ。立派な施設や膨大な蔵書、貴重な資料はもちろんだが、雑談を許さない緊張感を備えたこの図書館は素晴らしい。それは、心無いたった一人の入館者によって損なわれうるものだけれど、一方で、入館者一人一人が意識しなければ、醸し出せない空気でもある。

 この図書館ができて間もない頃から、ここに通っていた。十分な学習スペースを備えたこの図書館が大好きだった。何かを身につけるとか、資料を探すとか、特に目的はなく、強いて言えば、ここで時間を過ごすこと自体が喜びであり目的であった。

 適当に一冊を選んで、スタンド付きの机に向かう。少し読んで眠くなり、少しうとうとしては、また読む。学生の頃と変わらない調子で幸せな時間を過ごした。

 午後4時。図書館を出て、大学構内へ。また来るつもりだから、正門をでても振り返らない。JR駅まで淡々と歩く。JR線のホームでは、電車到着時に各駅ごとに異なるメロディーが流れる。蒲田なら、「蒲田行進曲」。恵比寿では「第三の男」(そういえば、ガーデンプレイスの建設工事にN電業社の仕事で携わったことがあった)が楽しませてくれる。ところで、馬場の鉄腕アトムはどうしてだろう?三日目ともなると、当時のようにつり革を持たなくても、立っていられるようになった。

 原宿駅停車中に目に留まる広末さん。この看板を見るのは今回の上京中6回目だが、これが最後だろう。そんなことにさえも感傷的になる。恵比寿駅では、ドアが閉まらないという珍しいトラブルに遭遇する。

 18時30分。この時間でも羽田空港には多くの人がいた。搭乗ゲートを抜けると、飛行機まではバスでの移動だった。「松山行きのお客様」が乗り合わせたこのバスに乗り込んだ途端、半ば松山に着いたような気になった。さらには、飛行機に乗ると、いつもお世話になっているKさんにお会いする。しかも並びの席だ。こうなると、東京にいながら、西条に戻った気分だ。

 出会った数だけ、思い入れが深い分だけ、懐かしさが伴う。そう実感した旅だった。東京ぐらい、月1ペースで通えるようになりたいものだ。

2007年06月11日

「来ます。ありがとうございます。本当においしかったです」

 「開店は11時半だけど、早めに開けることもあるわよ。明日は何時にこちらにくるの?」おいしい天ぷらを食べさせてくれる店の奥さんが、昨日聞いてくれた。

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 6月9日午前11時。白い暖簾がゆれている。ガラガラと戸を引くと、奥さんが、そしてご主人も笑顔で迎えてくれた。天ぷら定食を注文する。

 本当に驚いたのは、カウンターだけの店内が当時と変わらぬほどキレイなことだ。さらに、驚いたのは、この店がこの地で開店したのは、昭和58年だという。私が初めて訪れたのは平成に入ってからだが、暖簾と店内の美しさに、てっきり、できたばかりの店だと思い込んでいたのだ!いや~驚いた。

 カウンターの向こうでは、ご主人が天ぷらを揚げているのだが、壁も天井も床もきれいなものだ。ベタついたところがまったくない。しかも、無垢の檜でできたカウンターには油の染みひとつない。その驚きをそのまま伝えると、「食べものは清潔さが命だから」とおっしゃった。さらに、「このカウンターはいいものだから大切にすれば、いつまでも綺麗なままなんですよ。ここに移る前から使っているから、もう24年になるわね」!

 会話が途切れても、ご主人の揚げる天ぷらの音がカラカラと心地よい時を刻む。

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 揚げたての天ぷらとホクホクのご飯。湯気を立てる味噌汁もカウンターに並んだ。少し離れて、刻んだ紅生姜の盛られた小鉢。当時は真っ先にナスをつまんで、舌をやいたものだ。いや、ナスより先に生姜だろう。あっ、いつも食べてたのは天丼だった...。まあ、どっちにしたって、満足して帰るのは間違いのないことだ。ただ、真っ先に生姜をどんぶりに乗せる儀式をやりたかっただけだ。

 「味はどう?変わらない?」と奥さん。
 
 「ええ、おいしいです」

 「このお店で、ご主人や奥さんとお話しするのは今日が初めてです。こうしてお話しできたことがうれしいです。ぼくは学生時代に何度もここに来ましたが、ここでは話しをしてはいけないと思ってました。お店の方とはもちろんですが、一緒に入った友人ともここで話しをしたことがないんです。卒業後に一度来たときに、ここの天丼を食べるためだけにこの街に来たことを伝えたかったのですが、やはり、話しだすことができませんでした。今日は、他にお客さんもいませんし、昨日、表で少しだけお話しできたので、甘えさせていただいてます」

 そう伝えると、奥さんは深く頷いて微笑んだ。

 「あの頃は、学生さんがたくさん来てくれたわね。特に昼時は込み合うし、外で並んで待っているお客さんもいる。だから、おしゃべりしないで食べる。食べ終えたら席をたって、次のお客さんに譲る。大事なことだと思うわ」

 この店で、ご主人や奥さんが学生をたしなめるのを見たことも聞いたこともない。しかし、私がそうだったように、多くの学生は黙々と天ぷらをいただいた。見知らぬ客が肩を寄せ合うこの店で、暖簾の向こうに並んで待つ客が透けて見えるこの店で箸を止めながらの雑談はさせない。そんな決然とした態度がご夫婦に感じられた。大学では教わらない無言の講義。

 「私たちも、もう年だから、いつまでこの店を続けられるかわかんない」

 ゆっくり時間をかけていただいている途中、学生が一人入ってきた。その時から、私は言葉を発するのをためらったが、奥さんは構わず、いろいろなお話を聞かせてくれた。実は在学中、一度だけ、他の客が奥さんと親しそうに話す姿を見たことがあった。当時、その客を羨ましく思ったものだ。

 「東京に出てきたら、また来てね。」

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2007年06月10日

「懐かしい」と思うためには

 6月8日。朝9時にホテルを出る。品川駅で京浜東北線から山手線に乗り換え新宿へ。新宿駅では、JR線から京王線への乗り換え。一昔も前のことだが、日常的に行っていた行為というのは、始めてしまえば、無意識に体が動く。ホームに降りてから、自動改札を抜けるまで立ち止まることなく人の流れに乗ることができた(う~ん。いい感じ!)。この流れは左側通行。流されること数分、前方からモデル風の女性が二人。すれ違う瞬間、透明人間がすり抜けるかのようなタイミングで右折してきた。ぶっ、ぶつかる...、私が思わず歩みを止めたために内一人と本当にぶつかってしまった。「ごっ、ごめんなさい」(あ~あ。ヤな感じー)。

 10時30分。京王線西調布で下車。学生時代、お世話になった県人寮を訪ねる。ロビーに入ると、日直室が目に入る。電気は消えていたが、中に入って、電話番をしなくては、などと思ってしまう。当時、全寮生が週替わりで当番を務めた。就職活動シーズンには人の一生を左右するような電話がかかってきてたのだ。
 
 もちろん、現在は携帯電話が普及したので、寮生に電話がかかってくることはほとんどないという。建物は私がいた頃とまったく変わらないが、完全個室制、エアコン・インターネット完備とその中での生活は大きく変わったようだ。羨ましいなと思うが、贅沢だとは思わない。その後、事務室で二時間近く、懐かしい方々と話をさせていただき、寮を辞す。

 今回の上京では、いままで行ったことがない場所をたずねたいと思っていたのだが、いざ来てみると、自分がかつて過ごした場所へ行き、旧知の人に会いたくなる。学生時代、住み込みで働かせてもらったこともある、N電業社をたずねることにした。ここでは寮の後輩のT君と世話になった。ペンキだらけの作業着を着て、銀座の現場まで電車で行ったのは忘れられない思い出だ(おかげで満員電車も二人の周りはぽっかり穴があいたようで、ゆったりできたものだ)。その彼とも、私の卒業以来会っていない。どこでどうしているかも伝わってこない。

 13時。N電業社の倉庫があった場所には、あたらしい事務所が建っていた。事務員さんが応対してくれたのだが、当時お世話になった方のうち、三人が亡くなっていること、二人が引退したことを知らされる。卒業後、何度ここをたずねようと思ったことか。思うことは大切なことだが、思うだけでは伝わらないこともあるし、そのうち、伝えられなくなるときがやってくる。旧知の場所をたずねるとき、変化など求めていない。人を訪ねるなら尚更だ。話しを聞くこと数十分、事務員さんが、社長に電話連絡をとってくださり、夜、飲みに行くことになった。

 それから、出身大学に向かう。最寄のJR駅からバスで正門前まで。まず、学生の多さに圧倒される。これまた、みんなお洒落だ。私の在学時に比べると、女子学生の多さが際立つ。次に、古い校舎が取り壊されていた。構内には、高層建物が、まるで、竹の子のようにあちらこちらに生えている。現役学生の輝きと高層建築のモダンさで、周りの光景がデジタル処理されているかのようだ。居場所を間違えているような気恥ずかしさを覚え、足早にキャンパスを通り抜ける。記念写真を撮ろうとか、図書館に行こうとか、考えていたが、もうそんな気分ではなかった。みやげになるものでもと立ち寄った学生生協で、自動車教習所のポケットティッシュを手渡されたこと、資格試験予備校の勧誘を受けたことが素直に嬉しかった。

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 大学から、JR駅までの間に裏道があったのだが、新しい車道に分断されていて、入り口を見過ごしてしまった。数百メートル戻って、ようやく見つけたが、学生がまったく歩いていない。構内には、あれほど多くの学生がいるのに。この裏道には、天ぷらのおいしい店があった。学生時代、昼時は座れないことが多かったが、空いてるときには必ず立ち寄ったものだ。卒業して二年後、上京した折に連れと二人で、そこの天丼だけを食べて帰ったこともある。今回、どうしてもたずねたい場所のひとつだ。

 果たして、その店はまだあった。しかし、暖簾がしまわれている。そうだった、午後二時にいったん閉めて、午後5時に再開だった。引き戸をたたいて、声をかける。懐かしい顔が曇りガラスの上からのぞいた。奥さんだ。「明日、営業されるんですか?」たずねると、主人に言っとくから、ぜひ、いらしてと満面の笑みで応えていただいた。

 そこから、駅まではバスは使わず、歩くことにした。もちろん、学生時代通った道を懐かしむためだ。一昔も前のことだが、日常的に行っていた行為というのは、始めてしまえば、無意識に体が動く。淡々と歩いて気がつけば、もう駅についてしまっている。明日くるからいいか。

 思えば、学生時代、何度も歩いたこの道だが、周囲をじっくり見回しながら歩いたことなどなかった。こうして、淡々と歩いたのだ。そして、大勢の学生に囲まれて歩いてる間は、学生に戻っていたように思う。自分が誰で、今どこに居るのかは、自分が一番良く分かっていることだが、その認識は周囲の人々や建物によって、大きく影響を受けるのだと思う。

 19時。N電業社の社長と再会。最後にお会いしてから15年くらいになるだろうか。驚いたことに、当時一緒に世話になっていたT君は正社員として働いていた。私が宿に帰るための最終連絡電車の発車時刻は23時30分だ。時間はたっぷりある。そう言いながら、三人で飲み始めたのだが、T君と店を出たのは23時20分だった。府中駅までの間、駆け足でT君から乗り継ぎを教わる。改札を抜けた後、T君が見えなくなるまで手を振って、ホームに駆け込む。分倍河原から南武線で川崎へ。蒲田に戻ったときには1時近かった。

 昨夜に続いて駅前の江戸そばに立ち寄る。うまい!早い!安い!の三拍子揃ったうえに24時間営業ときた。次回上京の楽しみがまたひとつ増えた。

 

2007年06月07日

こんにちは東京

 6月7日。東京出張の機会に恵まれる。松山から羽田まで、学生の頃、スカイメートで使いこなした交通手段は飛行機。羽田に着いたら、あれっ、到着ロビーまで、連絡通路ができている。以前は滑走路わきに降りて、到着ロビーまでバスで移動してたように思う。

 13時。到着ロビーに着く。以前は迷うことなく浜松町までのモノレールに乗ったものだが、乗り場を見つけられないまま外に出る。目の前には合わせ鏡かと思うほど、たくさんのバス停が並んでいる。見覚えのない光景。この到着ロビーは増設されたのだろうか。

 とにかく、両手いっぱいの手荷物から開放されたい。最初の目的地は、大田区蒲田にあるビジネスホテル。以前に泊まった安心感から予約しておいた。大学受験以来だから、20年ぶりになる。そういえば、合格後、入学式の前日にも家族で泊まったかな。両親と一緒に恐る恐る入った近くのパチンコ店。ホテルに戻る前に立ち寄ったラーメン店。入るなり父がビールを注文したが、「冷えてないけど、今日は寒いからいいわね」というおばさんに、「冷えてないビールやか飲めるかや~!」と方言丸出しで大声を出す父。はずかしさをこらえて、私が澄まし顔でいたのは父への敬意からだった。暑い暑いJR蒲田駅東口の交差点。そんなことを思い出すと、余計に汗が出る。

 14時。ホテルに到着。チェックインにはまだ早く、とりあえず、荷物を預けて街に出る。気がつけば、朝から何も食べていなかった。周りは飲食店だらけ。よその土地に行ったら、少々値がはろうと、その土地でしか食べられないものをいただく。そこにしかない店に入る。これが、旅好きだった父から譲りうけた私の信念なのだが、仕事で来てるとなると、そうもいかない。たまたま通りかかった大田区民ホールを見学したあと、隣接するファーストフード店に入る。「いらっしゃいませ。こちらでお召し上がりですか?」聞きなれた言葉。どこに行っても目にする黄色と赤を基調とする看板。メニューと価格はもちろん、接客時に発するひと言ひと言までが画一化されている。見知らぬ地で空腹を抱えて飛び込む店を探すとき、これほど安心なことはないと思う。ハンバーガーを食べる。うんうん、いつもの味だ。日本から外に出たことはないが、外国や月で、おにぎりと味噌汁を食べたときと同じ満足感に浸る。

 チックインまで二時間もあるが、街を歩きまわれば、時間なんてすぐに経つ。そう思っていた。以前はそれで大丈夫だったのだが、今では「入ってますか?トントン」などとノックされる腹を突き出しながらの歩きはつらい。来るまでは、東京も変わっただろうな…などと期待半分だったが、一番変わったのは私かも知れない。

 15時。歩きつかれてホテルに戻る。チェックイン可能な時刻まで、まだまだ時間はあったのだが、受付の方にお願いして部屋に入らせてもらう。

 18時。JR品川駅に到着。今回の上京の目的は、秋に主催する自主事業に出演されるみなさんとの打合せ。その打合せ場所である駅前のホテルに到着。こちらは高校の修学旅行で泊まって以来。高校の修学旅行といえば、班単位での自由行動だった。私は自慢の一眼レフを引っさげて、班のカメラマンを引き受けたのだが、装着の仕方が悪く、36枚撮フィルムはカメラの中で空回りしていた。東京では一枚しか写ってなかったという苦い経験を持つ。みんな、ごめん。私たちに残された一葉の写真。それは、このホテルをとらえたものだった。思い出すほど、本当に今日は暑いと思う。

 

西条市総合文化会館外観イメージ

西条市丹原文化会館
〒791-0522
愛媛県西条市丹原町田野上方2131番地1
TEL(0898)68-3555
FAX(0898)68-3571

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