館長日記

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2007年06月10日

「懐かしい」と思うためには

 6月8日。朝9時にホテルを出る。品川駅で京浜東北線から山手線に乗り換え新宿へ。新宿駅では、JR線から京王線への乗り換え。一昔も前のことだが、日常的に行っていた行為というのは、始めてしまえば、無意識に体が動く。ホームに降りてから、自動改札を抜けるまで立ち止まることなく人の流れに乗ることができた(う~ん。いい感じ!)。この流れは左側通行。流されること数分、前方からモデル風の女性が二人。すれ違う瞬間、透明人間がすり抜けるかのようなタイミングで右折してきた。ぶっ、ぶつかる...、私が思わず歩みを止めたために内一人と本当にぶつかってしまった。「ごっ、ごめんなさい」(あ~あ。ヤな感じー)。

 10時30分。京王線西調布で下車。学生時代、お世話になった県人寮を訪ねる。ロビーに入ると、日直室が目に入る。電気は消えていたが、中に入って、電話番をしなくては、などと思ってしまう。当時、全寮生が週替わりで当番を務めた。就職活動シーズンには人の一生を左右するような電話がかかってきてたのだ。
 
 もちろん、現在は携帯電話が普及したので、寮生に電話がかかってくることはほとんどないという。建物は私がいた頃とまったく変わらないが、完全個室制、エアコン・インターネット完備とその中での生活は大きく変わったようだ。羨ましいなと思うが、贅沢だとは思わない。その後、事務室で二時間近く、懐かしい方々と話をさせていただき、寮を辞す。

 今回の上京では、いままで行ったことがない場所をたずねたいと思っていたのだが、いざ来てみると、自分がかつて過ごした場所へ行き、旧知の人に会いたくなる。学生時代、住み込みで働かせてもらったこともある、N電業社をたずねることにした。ここでは寮の後輩のT君と世話になった。ペンキだらけの作業着を着て、銀座の現場まで電車で行ったのは忘れられない思い出だ(おかげで満員電車も二人の周りはぽっかり穴があいたようで、ゆったりできたものだ)。その彼とも、私の卒業以来会っていない。どこでどうしているかも伝わってこない。

 13時。N電業社の倉庫があった場所には、あたらしい事務所が建っていた。事務員さんが応対してくれたのだが、当時お世話になった方のうち、三人が亡くなっていること、二人が引退したことを知らされる。卒業後、何度ここをたずねようと思ったことか。思うことは大切なことだが、思うだけでは伝わらないこともあるし、そのうち、伝えられなくなるときがやってくる。旧知の場所をたずねるとき、変化など求めていない。人を訪ねるなら尚更だ。話しを聞くこと数十分、事務員さんが、社長に電話連絡をとってくださり、夜、飲みに行くことになった。

 それから、出身大学に向かう。最寄のJR駅からバスで正門前まで。まず、学生の多さに圧倒される。これまた、みんなお洒落だ。私の在学時に比べると、女子学生の多さが際立つ。次に、古い校舎が取り壊されていた。構内には、高層建物が、まるで、竹の子のようにあちらこちらに生えている。現役学生の輝きと高層建築のモダンさで、周りの光景がデジタル処理されているかのようだ。居場所を間違えているような気恥ずかしさを覚え、足早にキャンパスを通り抜ける。記念写真を撮ろうとか、図書館に行こうとか、考えていたが、もうそんな気分ではなかった。みやげになるものでもと立ち寄った学生生協で、自動車教習所のポケットティッシュを手渡されたこと、資格試験予備校の勧誘を受けたことが素直に嬉しかった。

nc.JPG


 大学から、JR駅までの間に裏道があったのだが、新しい車道に分断されていて、入り口を見過ごしてしまった。数百メートル戻って、ようやく見つけたが、学生がまったく歩いていない。構内には、あれほど多くの学生がいるのに。この裏道には、天ぷらのおいしい店があった。学生時代、昼時は座れないことが多かったが、空いてるときには必ず立ち寄ったものだ。卒業して二年後、上京した折に連れと二人で、そこの天丼だけを食べて帰ったこともある。今回、どうしてもたずねたい場所のひとつだ。

 果たして、その店はまだあった。しかし、暖簾がしまわれている。そうだった、午後二時にいったん閉めて、午後5時に再開だった。引き戸をたたいて、声をかける。懐かしい顔が曇りガラスの上からのぞいた。奥さんだ。「明日、営業されるんですか?」たずねると、主人に言っとくから、ぜひ、いらしてと満面の笑みで応えていただいた。

 そこから、駅まではバスは使わず、歩くことにした。もちろん、学生時代通った道を懐かしむためだ。一昔も前のことだが、日常的に行っていた行為というのは、始めてしまえば、無意識に体が動く。淡々と歩いて気がつけば、もう駅についてしまっている。明日くるからいいか。

 思えば、学生時代、何度も歩いたこの道だが、周囲をじっくり見回しながら歩いたことなどなかった。こうして、淡々と歩いたのだ。そして、大勢の学生に囲まれて歩いてる間は、学生に戻っていたように思う。自分が誰で、今どこに居るのかは、自分が一番良く分かっていることだが、その認識は周囲の人々や建物によって、大きく影響を受けるのだと思う。

 19時。N電業社の社長と再会。最後にお会いしてから15年くらいになるだろうか。驚いたことに、当時一緒に世話になっていたT君は正社員として働いていた。私が宿に帰るための最終連絡電車の発車時刻は23時30分だ。時間はたっぷりある。そう言いながら、三人で飲み始めたのだが、T君と店を出たのは23時20分だった。府中駅までの間、駆け足でT君から乗り継ぎを教わる。改札を抜けた後、T君が見えなくなるまで手を振って、ホームに駆け込む。分倍河原から南武線で川崎へ。蒲田に戻ったときには1時近かった。

 昨夜に続いて駅前の江戸そばに立ち寄る。うまい!早い!安い!の三拍子揃ったうえに24時間営業ときた。次回上京の楽しみがまたひとつ増えた。

 

投稿者 tanbara : 2007年06月10日 23:31

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